50年以上前のお話し

私昨日(4/3)で55歳になりました 

よくぞここまで何事もなく生きてこられたもんだ いろんな事に、お人に感謝あって余りある ありがとうございます 生まれた時は未熟児やったらしい(未だ未熟ではあるが) 

これはご存知の方も居られるが、実は生まれた日、 3/31 なのです 

父母親戚が相談を始める

「こんな小いせぇ子を学年のケツにできるかいや」「ほんならひとつ学年下げて誕生日を 4/1 にすりゃあえぇ」

「四月バカでねぇか」「二日はどねぇだ?」

「シニ(死に)っつぅのも縁起悪りぃ」「三日はぁ?」

「雛祭りでねぇか(当時、但馬では一ヶ月遅れ) 男の子だのに」「四日もナンだしなー 三日でえぇかぁ」

「三日でえぇわいや おなごの子みてぇに育つかも知れんがな」「ほんまだわ うわっはっははは!」

……てな訳で誕生日は4月3日と相成りました あの親達にしたら英断やったかもな 同学年には恵まれてきたし実際見た目が「男らしい」とは言い難い 

昔の話しを出したのは子どもの頃の写真を探していたからだ 3歳か4歳くらいまで子犬の様な顔だが、ある日を境に表情が険しくなっている これはアレだ 「ブタちゃん事件」(今のところ妻にしか話してないが)の前と後だ 

その頃肌身離さず持っていた間抜けな顔(カオだけ)のぬいぐるみを何故かブタちゃんと名付け可愛がっていた 

ある日家族で車に乗っての移動中、よせばいいのに窓を開けてそのブタちゃんを風になびかせていた 飛ばしてるつもりだったのだ 賢明な方はお解りであろう 

ブタちゃん、落ちた 

泣き叫ぶ子ガッキー 引き返す様に父に懇願しまくるも返答は

「知らん!」

……高速道路ちゃうで 国道でもない 但馬の田舎道ぃ~ヨロレィーーー♪ やのに息子の気持ちをガン無視 谷底に突き落とされた気分 それ以降、ふちの白い写真に写ってる僕 は、非常に険しく暗い目をしたサニー・ボーイ である 親父の事が全く信じられなくなった 

妻は「そこで学んだやろ?」と言う 客観的に見ればそうだろう でもなー  今のお父さん達ならどうするでしょうね 

父ばかりではなく、母にだって不条理な叱られ方をされた 私も口の減らないガキやったかも さても子育て、たいへんな責務ですね 

という訳で今は亡き両親に感謝を申し上げます 生きてるもんな我輩 ありがとう 

長々と失敬 ではでは皆様ごきげんよう よい春をお過ごしください

    

事件後