卓越したピアニストであり優秀なソングライター、瑞々しい声で唄を奏でる若い女性が亡くなった
後藤雪絵
私の友達でもあったがしょっちゅう会う仲ではなかった 久々に会ったのが二年以上前 十三の居酒屋(十三しか行かんのか!) 「あ、ゆきえちゃんなりに歳を重ねたな」てな印象だった 要件は友人夫婦のピアノレクチャー(講師としてのの値段交渉のときはプロ顔やったなぁ) 四人でとつとつと呑んだ 友人夫婦の家(十三)には講師で行ってたみたいね でも私にとってはその居酒屋での夜が彼女と会った最後の日 となった
sns 上で今年の始めか ゆきえちゃんから病状の発表があり、心配になってDMで連絡すると「大丈夫ですよ」との返答 ひとまず胸をなでおろしたが …大丈夫じゃなかったのね その時は心配させまいとしての返答であろう
残念でならない いかなる病気であったか解らぬが、私にとってはいきなりすぎて気持の収拾がつかない
初めて会ったのは確か十三の「テハンノ」 LIVE終わってから延々とバカ話やバカ唄を奏でる私や純平君やすのうに朗らかに付き合ってくれたなぁ 私よりタマコと深いつながりがあったみたいでよく塚本で三人で呑んだ 「ゆきえちゃんの味噌汁は超美味い」らしい 炊き込みご飯も滅法旨くておかわりしたらやきもちを焼かれた(後年に渡ってネチられエピソード) 愛想もよく頭の回転も早く瞬時に計算できる、いわゆる「いいおんな」である 人を許し過ぎるきらいもある 少々ルーズで若い頃は上昇志向あまり派手な行動もあったらしいが、そんな「たまに傷」はちっぽけな御愛想 私にはいつまでも「可愛い妹」なのだ
もうあのピアノと唄声が生で聴けないのだ ご本人が一番残念だろう 悔しいだろう いつまでも音楽を奏でていたかったろう 共演したかった 呑んでバカ話に興じたかった もう叶わない願いである
せめて明日は最後のお別れをしてくるよ 仕事なんてうっちゃって駆け付けます 京都まで
十数年前に梅田は神山の交差点で私を見つけるなり「ショーガキさーーーん」と嬉しそうにおっもいピアノを背負いながら駆け寄ってきたゆきえちゃんが瞼に焼き付いたまま消えそうにない
Twitterから拝借した 輝いていた瞬間が永遠のになる